博士後期課程修了生インタビュー
「留学とコロナ禍と博士後期課程」
大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻
博士後期課程3年(2024年3月時点)
鳥井 健司さん (菊地研)
「タンパク質表面修飾を利用した可逆的な光スイッチング蛍光分子」
小西 祐輝さん (菊地研)
「酵素活性検出プローブとソフトなナノ粒子型造影剤を用いた19F MRイメージング」
3月25日11時から大阪城ホールで令和5年度大阪大学卒業式・大学院学位記授与式が行われ、午後からは銀杏会館で工学研究科博士学位記授与式が行われました。ともに菊地研で博士後期課程の研究生活を送ってこられたお二人にお話をうかがいました。
化学との出会いは十人十色
鳥井■私が高校生のとき、大阪府堺市のスーパーサイエンスハイスクール指定校だったこともあり、地元の名産品である「線香」をいかに長く燃やせるか、みたいな実験を経験しました。そのときに酸化還元反応とかを知って、「化学反応って面白いな!」と思いました。そのうち、阪大の応用化学に行きたいと思うようになり、応用自然科学科に入学しました。この学科では1年のときに、化学、物理、生物から自分の専門を選択できるのですが、私は入学時から化学に決めていました。
小西■私は中学生からM2まで陸上競技を12年間続けてきました。種目は主に400mハードル。高校では理系だったのですが、陸上競技を通して生理学にすごく興味があり、それに関連することを勉強できる大学に行こうと思っていました。阪大の応用自然科学科に入学してからは生物か化学か最後まで悩みましたが、化学の方がより基礎的な部分を勉強できると思い、最終的には化学を選びました。そんな経緯もあり、研究室配属の際は生命科学を専ら研究されている菊地研を選びました。
どこでも、いつでも、普遍の価値がある博士号
鳥井■私が博士後期課程への進学を決めたきっかけの一つが留学でした。M1の秋、他の学生が就活している時期に、イギリスへ留学しました。日本では修士課程が2年間で博士後期課程が3年間ですが、イギリスでは修士課程が1年間で博士後期課程が4年間ぐらいなので、イギリスの研究者のほとんどの方は博士号(Ph.D)を持っていることをそのとき知りました。いつかは世界を見据えた研究したいと思っていた私は、博士号の必要性を肌で感じました。そして、留学から帰ってきた頃に、ちょうど博士課程教育リーディングプログラム※の募集があったので、それに合わせて博士後期課程への進学を決めました。
※博士課程教育リーディングプログラム:文部科学省により平成23年度から公募が開始されたプログラムで、優秀な学生を広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーへと導くため、専門分野の枠を超えて世界に通用する質の保証された学位プログラムを構築・展開を推進する事業
小西■私が博士後期課程への進学を決めたのは、新型コロナのパンデミックが大きなきっかけでした。M2の4月までは自分の研究テーマも結構順調に進んでいて、就活も進めていたのですが、新型コロナによる緊急事態宣言で研究室が突然閉鎖されてしまったのです。いつ再開できるのか全然わからない状態になってしまうと、改めて自分の研究をもっと深めたいという気持ちが強くなり、これが進学を決める一番の決め手でした。
加えて、普通に外出できないという、それ以前には誰も想像しかった状態になってみると、いざというときに国際的に通用するものを一つ持っておきたいという思いも出てきて、博士号を俄然意識するようになりました。
新型コロナのパンデミックを原因とした、そんな二つの思いがきっかけで私は博士後期課程に進学しました。
同学年に3人の博士学生!?
鳥井■菊地研には割と博士後期課程に進学する雰囲気があると思います。留学など世界を見る機会が菊地研では多いので、私もそうですが、そんな機会を通じて博士後期課程への進学を志すようになった学生が結構いますね。
ちなみに私の同学年では、3名が同時に博士後期課程に進学しました。私1人だけなら、D1の間とか、ちょっとペースが緩んでしまったと思うのですが、他に博士学生が2人もいると、「ボヤボヤしてられへん・・・」みたいな緊張感が常にありましたね。
小西■確かに同学年の博士学生が3人もいることはかなり珍しいですね。後輩学生達にとってはすごい良かったかんじゃないかと思います。研究テーマの全く違う博士学生が3人いれば、研究について後輩が質問したいときに、誰かが答えてあげられるわけで、割とよく質問に来てくれていたと思います。実際に後輩達の研究を見ていると、我々がいないよりは捗っている感じでした。
イギリスとイスラエルでの貴重な留学経験
鳥井■留学で2回イギリスに行かせていただいたことが、大学院時代の1番の思い出です。1回目はM1の冬、2回目がD2の夏でした。留学先では自分でやりたい研究を企画して、企画書を大学に出して、それで認められれば研究を始めることができるスタイルでしたので、自主的に研究を進める経験ができました。最終的には、D3でその研究成果を論文にまとめることができたので、研究に自信を持てるようにもなりました。
小西■大学院時代で印象に残っていることといえば、陸上競技とイスラエル留学です。
修士1年と2年の頃は、研究以外にも陸上競技に精力的に取り組んでいました。博士後期課程に進学してからはさすがに研究に専念するようになって、イスラエルにも3ヶ月留学させていただきました。最初に菊地先生からイスラエル留学を打診されたときは正直ちょっと迷ったのですが、3ヶ月もイスラエルに行ける機会は今しかないと、留学を決めました。ちなみに菊地研からイスラエルに留学したのは私が初めて。留学先では研究以外にも現地の学生たちと進路について話したり、観光したり、いろいろ有意義な3ヶ月でした。
生体内を「見る」ための研究
小西■私の博士論文のテーマは「酵素活性検出プローブとソフトなナノ粒子型造影剤を用いた19F MRイメージング」です。
造影剤とは、健康診断で胃のレントゲン撮影をする際にのむバリウムのように、特定の組織を強調するために使われる医薬品のことです。私はMRIという検査で使える造影剤の開発・研究を進めてきました。その内容は大きくは2つのテーマに分かれており、まず1つは体内での酵素の働きを、生きている動物で見ようとするものです。
2つ目のテーマは、100nm程度の大きさのナノ粒子を使った造影剤を投与すると、目的組織ではない肝臓にどんどん溜まって副反応や毒性を引き起こすので、そこを解決しようというものでした。
どちらかというと、化学というよりは薬学に近い研究で、必要に応じて微生物研究所で動物を使った実験もしていました。
鳥井■私のテーマは「タンパク質表面修飾を利用した可逆的な光スイッチング蛍光分子」。細胞の中で特定の分子を光らせ、そこで起こる現象を観察する研究をしてきました。もともと私は高校生の頃から、色が変わる反応や光る物質にすごく興味があり、ケミカルバイオロジー分野でモノを光らせて観察することを研究している菊地研に入り、モノを光らせる研究をしてきたわけです。博士論文では、細胞の中の特定の部位に分子(プローブ)を置いて、そこに光を照射し、光スイッチングにより分子の蛍光の強さ(光る度合い)をコントロールするという研究についてまとめました。光スイッチングとは、蛍光を発したり発しなかったりというのを、光で制御することです。
あっという間の博士論文発表
小西■博士論文の公聴会で発表してる間は、30分って長いなと感じていましたが、質疑応答の30分はあっという間に終わってしまいました。本当に早かったです。
鳥井■発表まではめっちゃ緊張していたのですが、喋り出したら結構楽しかったです。ただ、菊地先生がチェアマンで横にいらっしゃったので、気になってしまって、チラチラ見てましたが(笑)。発表後も菊地先生から「ほぼ完璧な答弁でした」とお言葉をいただけ、自分でも満足のいく発表でした。
スタート時期は各社バラバラの博士人材採用活動
小西■民間企業に就職したかったので博士後期課程の就活も経験しました。私はオナー大学院プログラムと次世代研究者挑戦的研究プロジェクトという2つの特別プログラムに採択されていたので、それらの事務局から勧めていただいた就活イベントにまず参加しました。これらの就活イベントはとてもありがたかったです。というのも、博士後期課程学生の採用活動は、各企業がもう好きなタイミングで始めてしまうので、各社のスタート時期をまず知ることから始めないと、いつから就活をしたらいいかわからないからです。
応用化学専攻の就活説明会も実施されているので、これにも参加しました。 最終的には博士後期課程学生向けの募集があった化学メーカーから内定をいただくことができました。
メーカーなので、テーマ自体やテーマのフェーズに応じてやるべきことは変わってくるので、今のところは具体的な抱負のようなものはありません。しかし、企業の仕事となると、学生時代とは違って、分野外の研究職の方に加えて、製造や販売などの部署の方ともやり取りしながら仕事することになりますので、そういう方々との協業場面でも、しっかり言うべきことは言える社会人になりたいと思ってます。
世界トップクラスの研究者達の中で
鳥井■私はドイツのマックス・プランク研究所で、ポスドク研究員として研究に従事することにしています。D2での留学以来、海外ラボでの研究スタイルや効率の良さに惹かれ、もう少し海外で研究したいという思いが強くなったのがきっかけです。正直、まだ悩んでいるところはあるのですが、とりあえずアカデミアの世界に飛び込んで、世界トップクラスの研究者達の中で頑張ってみるつもりです。
マックス・プランク研究所では、日本人はやっぱりおとなしいとか思われないように、博士号を持った1人の研究者として、臆することなく、「めっちゃ研究で暴れたるぞ!!」と思っています。
余談
−阪大応用化学では多くの高専・他大学出身者が活躍中!!−
鳥井■菊地研には高専や他の大学から来られた学生も結構います。違う分野から来ている方も多くて、ものの見方がちょっと違ったり、高専独特の文化とか、新鮮な気付きがありますね。新しい風を吹かせてくれる貴重な存在だと思っています。応化は全体のコース別コンパや化学棟全体での新人歓迎パーティーみたいなことをやるのが好きな専攻なので、「外部から入学したから友達ができない・・」とかは全く無いと思います。安心して入ってきてください!
小西■他の大学、特に私立大学の研究環境について詳しくなくてハッキリしたことは言えないのですが、自分の研究スペースやテーマがしっかり与えられているところが、阪大応化の特徴ではないでしょうか?なので、本当に研究がしたい人は、ここに来たらやりたいことができると思います。もちろん、きっちりとした説得は必要ですが、「こういう実験をやりたい」と先生にお願いしたら、結構やらせていただけることが多いと思います。そこが応化の魅力です。
大阪大学 陸上部
http://www.osaka-u-athlete-club.com/OUTF/
小西さん留学先 : Molecular MR Imaging Lab
https://www.weizmann.ac.il/Organic_Chemistry/Bar-Shir/home
鳥井さん留学先 : エディンバラ大学DYNAFLUORSグループ
https://www.dynafluors.co.uk/